企業都合最適から顧客主観最適化へ

CX(カスタマーエクスペリエンス)とは、日本語では「顧客体験」と訳されます。これは、顧客が商品やサービスを知り、購入し、利用し続けるまでのプロセス全体を通じて感じる体験を指します。

CXは、単なる接客品質や顧客満足度だけを意味するものではありません。顧客が企業との接点を通じて「どう感じたか」「どのような印象を持ったか」という主観そのものを対象とする考え方です。

また、CXはあくまで概念であり、特定の決まったやり方や進め方が存在するわけではありません。業種や顧客特性、企業の戦略によって、最適な形は大きく異なります。

市場に物やサービスがあふれ、「需要<供給」となっている現代では、単に商品やサービスを提供するだけでは差別化が難しくなっています。

その中でCXとは、「企業都合で効率を最適化する」のではなく、「制約の中で顧客の感じ方をどう最大化するか」という考え方だといえます。

「企業都合最適」と「顧客主観最適」は何が違うのか

従来の企業活動では、限られたリソースの中で、いかに効率よく運用するか、いかにミスを減らすか、いかに利益率を高めるかといった「企業側の最適化」が中心でした。これは、「需要>供給」の状況であれば、合理的な考え方だったといえます。

そのため企業では、業務の標準化やマニュアル化、対応品質の均一化などが重視されてきました。少ないリソースで安定的に多くの業務を処理することが、重要な経営課題だったためです。

つまり従来型の企業活動では、

  • 企業にとって管理しやすいか
  • コストを抑えられるか
  • 安定運用できるか

といった「企業内効率」が意思決定の中心になっていました。

それに対してCXでは、同じ制約条件の中でも「顧客がどう感じるか」を起点にルールやオペレーションを設計します。

例えば、顧客がどこでストレスを感じるのか、どの体験が満足度へ影響するのか、どの接点が継続利用につながるのか、といった「顧客主観」を重視します。

その結果、

  • 待ち時間を減らす
  • 手続きを簡略化する
  • 不安を先回りして解消する

といった設計が優先されるようになります。

つまり、同じ制約条件の中でも、意思決定のベクトルそのものが変わるのです。

観点 企業都合最適 顧客主観最適
最適化対象 効率・利益率 体験・継続利用
ルール設計 標準化・均一化 主観価値最大化
現場判断 逸脱防止 状況最適化
KPI 処理件数・利益 NPS・LTV

なぜCXの実装は難しいのか

ここまで見てきたように、CXは「顧客主観を起点に意思決定を行う」という考え方です。

しかし実際には、このCXを組織へ実装することは簡単ではありません。その理由の一つが、「顧客の主観」には明確な正解が存在しないためです。

例えば、同じ対応であっても、「迅速で助かった」と感じる人もいれば「急かされているように感じた」と、受け取る人もいます。

また、顧客の期待値は、

  • 過去の経験
  • 競合他社
  • 利用シーン
  • その時の感情状態

などによって常に変化します。

つまり、これをすれば必ず満足するという絶対的な正解がないため、従来型のように単純なマニュアル化だけでは限界が生じます。

もちろん、

  • 基本対応
  • 商品知識
  • オペレーション品質

などは標準化が必要ですが、CXでは、

  • 相手が何を不安に感じているのか
  • どの説明なら安心できるのか
  • 何を期待しているのか

を状況ごとに判断する必要があります。しかし実際には、この考え方を組織へ浸透させることは容易ではありません。

CX実装のボトルネックはマインドセット

CXの考え方を組織へ浸透させることが難しい理由の一つが、現場のマインドセットです。

従来型のオペレーションでは、決められた業務を正確にこなすことが重視されてきました。つまり、ミスをしない、ルールを守る、効率よく処理することが評価される構造です。

一方CXでは、顧客の状態をどう変化させたかが重要になります。

例えば、

  • 不安だった顧客が安心した
  • 不満を感じていた顧客が納得した
  • 単なる利用者がファンになった

といった変化そのものが価値になります。

つまり、「業務をこなすこと」を仕事と捉えるのか、「付加価値を提供すること」を仕事と捉えるのかの違いが、CXの浸透を難しくしています。

CXを実務へ落とし込むには

CXは概念である一方、実際の経営では、オペレーションや評価制度へ落とし込む必要があります。

そのためには、

  • 顧客主観をどのように測定するのか
  • どの行動を評価するのか
  • どのように現場へ共有するのか

を設計しなければなりません。

例えば、

  • 継続利用率
  • 解約率
  • LTV(顧客生涯価値)
  • NPS(顧客推奨度)
  • CSAT(顧客満足度)

などは、顧客主観の変化を定量的に把握する代表的な指標です。

また、数値を測定するだけではなく、

  • どのような対応が顧客満足につながったのか
  • どの判断が継続利用につながったのか
  • どの体験が不満につながったのか

を、ケースとして共有し続ける必要があります。

特にCXでは、単純なマニュアル化だけでは対応しきれない場面も多く存在します。

そのため、どのような考え方で判断するのか、顧客主観をどう捉えるのか、といった判断基準そのものを組織内で共有することが重要になります。

そのためにも、

  • 顧客主観を起点に意思決定する
  • その結果を定量・定性で観測する
  • オペレーションへ反映する
  • 改善を繰り返す

という、継続的なサイクルを回し続ける必要があります。

最後に

CXはスローガンでも精神論でもありません。従来の企業内効率の最大化ではなく、顧客主観を最大化する経営スタイルです。

これからのAI時代には、人間にしか提供できない価値の重要性が高まります。そのためには、従来の効率化を重んじる考え方だけではなく、顧客主観を中心に据えたCXが重要になってきます。

以上、参考になれば幸いです。

執筆者:
待谷 忠孝(中小企業診断士)

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