
生成AIの登場は、ホワイトカラーの仕事や働き方を根本から変えつつあります。
これまでPCを使っていた作業が、次々と生成AIに置き換えられていますし、新たに効果的な使い方がどんどんでてくるでしょう。
そうなると、これまで作業者だった人も、作業だけではなくプロデューサーやディレクターといった、仕事を設計する立場としての役割も求められるようになります。
そこで重要になるのは、「自分ができないことは生成AIにもできない」ということです。
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自分ができないことは生成AIもできない理由
生成AIはできないことができるようになるツールではなく、すでにできることを効率化するツールです。
こういった書き方をすると、自分はイラストなんて描けないけど、生成AIがあれば生成することができると思われた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、生成AIで生成したものが、目標を達成するだけのものであるかどうかは別の話です。
たとえば、コンペのためのプレゼン用の資料にイラストが欲しかったので、生成AIでイラストを生成し、プレゼン資料に使用したとしましょう。
生成AIの生成したイラストが、コンペの結果になんらかのプラスの影響を与えなければ、それは資料のスペースを埋める模様にしかならなかったということです。
結局、どういったイラストをどう使えば聞き手の心を動かしてプレゼンが有利になるか、これが分かっていなければ、どういったイラストを生成すればよいのかも分かりません。
そして、どういったものが必要なのかという点と、生成されたものの妥当性の判断は、作り手に知識や経験、ノウハウといったものが必要です。
生成AIはそれっぽい回答しかできない
生成AIは確率統計上最も妥当であろうという回答を生成しているにすぎません。 言い換えると、せいぜい一般的、平均的な回答しかできないということです。
それは、学習した内容の深さや広さは関係ありませんし、生成AIの性能が上がっていても構造上の限界があります。
生成AIは入力されないことは分かりませんし、ましてやコンテクストの理解もできません。 生成AIがやっていることは、入力されたプロンプトに基づいてそれっぽい回答を出力することですから、より高度なものを生成したいのであれば、必要に応じたプロンプトが必要となります。
言い換えると、生成AIはプロンプトを入力する人間の能力を超えることはできません。 繰り返しになりますが、自分ができないことは生成AIにもできないということです。
これは、プロンプトのテクニックの有無という話ではありません。
平均的なもの≠優秀
当たり前の話ですが、平均を言い換えると、あくまでも「並」です。 「並」は「優秀」ではありません。
知識やノウハウがなければ、生成AIの生成する平均レベルのものもすごいと感じるかもしれません。
しかし、重要なのは自分がすごいと感じることではなく、ビジネスにおいて成果を得られるかどうかです。
話はずれますが、生成AIを使用すれば、誰もが平均の回答は得られてしまうということです。 果たして平均のものでどれだけの成果が得られるのでしょうか。
プロンプトの技術で「AIの使い方が上手い」というレベルでは、すぐにコモディティ化するため、持続的な競争優位性にはならないでしょう。
本当の競争優位性は、自社の独自のコンテクストを経営者自身が正しく理解・言語化する必要があります。
最後に
昨今の生成AIの普及発展に伴って、生成AIを使えばこんなことができるといった情報、こういった作業にはこの生成AIを使えばよいといった情報があふれています。
参考になる部分も大いにあるのですが、あくまでもそれらは「作業を楽にする」話でしかありません。
自分ができないことは、生成AIを使っても成果は得られない、生成AIの作るものは平均的なものでしかないという大前提は忘れてはいけません。
きつめな言い方ですが、生成AIを優秀だと思っている間は、生成AIに使われている側なのかもしれません。
以上、参考になれば幸いです。



