経営を古典に学ぶ(孫子②)

洋の東西を問わず、様々な古典から中小企業の経営において通じる原理原則を学んでいきましょう。
今回は、孫子の第2回目です。

なお、第1回目は「経営を古典に学ぶ(孫子①)」となります。
まだご覧になられていらっしゃらない方は、先にご覧になられることをお勧めいたします。

第四 形篇

孫子は、計篇にて「兵とは国の大事なり(戦争は国家の重大事である)」と述べているように、戦争に負けてしまったらその損害は計り知れません。
そのため、戦争をするかどうかは慎重に検討し、戦争をするとなったら勝たなくてはいけません。
形篇では、実際に戦争を行う前からの準備の大切さを説いています。
そして、勝てる状態の相手に勝つことが重要であるとしています。

孫子は、まず敵から攻められても対応できるように守りの態勢を整えた上で、敵が弱みを見せて攻めれば勝てるような状況になるのを待てとしています。

攻める = シェアの拡大
守る = 既存顧客の維持

と捉えると、分かりやすいと思われます。

新規の顧客開拓をするためのコストは、顧客の維持にかかるコストよりも大きくなります。
顧客開拓(シェアの拡大)をするためには、既存顧客を維持した上で行わないと穴の開いたバケツに水を入れるようなもので、コストばかりかかって成果は上がりにくいでしょう。

また、新規顧客を獲得するための費用は、既存顧客から得た利益から捻出されます。
既存の顧客が維持できないと新規顧客を獲得することも難しくなります。

さて、兵法というと寡兵が大軍を破ったり、状況が不利な状態から巧みな用兵で勝つといったものを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、孫子はそういったことを否定しています。
勝ちやすい状態を作ってから闘う、勝てる相手と闘う、だから勝てるのだとしています。

市場において不利な状況に置かれていたら、どのような手段も根本解決になりません。
状況を正確に把握し、戦略的に有利な状況を作り出すことができれば、「勝者の民を戦わしむるや、積水を千仭の谷に決するが若きは、形なり」……大量の水を谷底に流すような勢い、つまり必勝の態勢を作ることができると孫子は説いています。

第五 勢篇

孫子は、軍における組織体制と組織の運営、組織内の情報伝達の重要性を説いています。
戦闘においては、正法によって相手と対峙したうえで、奇法を用いて勝つものだとしており、戦いにおいて正と奇の組み合わせは無限のパターンを生み出します。
そして、戦上手は勝つために兵士の個人的な能力ではなく、組織の勢いを重視するとしています。

ありたい姿を達成するためには、相応の組織体制が必要であり、組織がきちんと運用されており、かつ組織内の上意下達、部門間の連携、現場の意見が吸い上げられるような風通しの良さが必要であることは、今更いうまでもないのではないでしょうか。

組織はその規模や事業内容といった様々な条件によって、理想的な形も異なります。
こういった組織が絶対だというものがない以上、企業の中で組織全体を見渡せる立場である経営者こそ、常に組織体制について意識をしておく必要があるのではないでしょうか。

定石、セオリーというものがあるのに対して、他の人が取らないようなユニークな手段も存在します。
効果があるから定石、セオリーとなっている訳ですから、確度の高い定石やセオリーに基づいて考えることは重要だとしても、学術書や教科書通りだけでは不十分だというのは経営者の方々は常に感じておられるのではないでしょうか。
ましてや、全ての企業がセオリー通りの経営をしていたら、いつまでたっても弱者は弱者のままです。
競合に対して、真正面からの勝負を避けなければならないのは孫子の述べる通りでしょう。

奇をてらったことが常に正しい訳ではありません。
しかし、常に状況を鑑みて、競合とは真正面からぶつからないようしながら、自社にとって有利な状況を作り出すようにする必要があることは間違いありません。
孫子は音階には宮・商・角・徴・羽(西洋音階に置き換えるとド・レ・ミ・ソ・ラ)しかないが、その組み合わせで作られるメロディーは無限だとしていますが、経営においても同様で、企業の取り得る方策には無限のパターンがあるはずです。

また、中小企業は、従業員数が少ないためにどうしても属人化する傾向にあります。
能力をもった従業員がずっと在籍してくれるとは限りませんし、特定の個人に頼っていては、それ以上の成長も難しいでしょう。
そのため、属人化している職能やノウハウを、可能な限り組織のノウハウや仕組化してしまうようにすることが望まれます。

第六 虚実篇

孫子は、「先に戦場に着いて敵軍を待ち構える方が有利である」「情報を収集して相手の意図を掴み、相手の虚を突け」「兵力を集中させろ」「状況に応じて柔軟に対応せよ」と説いています。
謀攻篇で述べているように敵味方の状況を把握し、その上で相手の弱いところに味方の戦力を集中することで戦いを有利に進められるというのは、どなたもご納得いただけるのではないでしょうか。

経営においても、何が起こるか分からないこそ、先を見通した行動を取ることが求められます。
キャッシュフローが悪いためにせっかくのチャンスを逃してしまった経験をお持ちの経営者様もいらっしゃるかもしれません。
現預金が足りなくなってから金融機関に融資を申し込むのではなく、資金繰り表を作って数か月先のイメージをもって経営をすれば必要な時にキャッシュフローが不足するといったことはなかったはずです。

市場には自社と買い手、そしてたいていの場合は競合が存在しています。
経営判断を行う際に、競合の動きを意識しているでしょうか。

勢篇でも述べたように、競合と同じ手法で正面から対抗しようとすると規模の大きい方が圧倒的に有利となります。
ランチェスターの二次法則で説明します。

ランチェスターの二次法則によると、A軍とB軍の戦力の差は「兵数の2乗×兵器の質」とされています。
余談なのですが、戦力の差がどれぐらいになるかを実際に計算をしてみましょう。

A軍:兵士100名
B軍:兵士70名

とすると、A軍とB軍の差は「100-70」の「30」ではなく、「1002-702」の5,100の平方根(71.414…)となります。
したがって、A軍がB軍を壊滅させたとすると、A軍は72名が生き残るということになります。
思っていたよりも経営資源の差が結果に影響しそうだと感じられたかもしれません。

さて、話を孫子に戻します。
競合が自社よりも大きかったとしても、あらゆるターゲットに対して経営資源を集中させることは難しいです。
そのため、市場を適切にセグメントし、「虚」……つまり、競合が弱いターゲットに対して経営資源を集中することで、有利に進めることが求められます。

特にコモディティ化している業界であれば、ランチェスターの二次法則で言うところの兵器の質に差はありません。
兵数の差によって勝敗が決まるのであれば、競合の虚を突くことを徹底する必要があると言えるでしょう。

また、孫子は軍隊を水に例えていますが、これは2つの意味があるようにも思います。
水は無形であり、状況に合わせて形を変えることができるということと、呂氏春秋にある「流水不垢(流れる水は腐らず)」のように、過去に固執せずに変化し続けなければいけないということです。

常に周囲の状況に目を配り、状況の変化に柔軟に対応する必要があると、言葉にしてしまうと当たり前なのですが、人間は変化を嫌いますし、成功した方法に固執するというのも人間の心理でしょう。
そこをあえて環境に合わせて変化し続けることができる組織や社風にすることが、経営には求められているのではないでしょうか。