経営を古典に学ぶ(呉子①)

論語や孫子のように、いまだ読み継がれている古典はたくさんあります。
人間の考え方や行動における原理原則が変わらないために、時代を問わず通じ、また役に立つからでしょう。
当コラムでも、洋の東西を問わず、様々な古典から中小企業の経営において通じる原理原則を学んでいきたいと思います。

今回は、孫子と並び称される呉子を取り上げます。

呉子とは

書物としての呉子は、武経七書と呼ばれる中国の古典の代表的な兵法書のひとつに挙げられており、孫子と併せて孫呉と並び称される兵法書です。
中国の春秋時代の呉起によって著されたとされていますが、その点ははっきりしていません。

呉起と魏の文侯に仕える場面を書いた序章と6篇によって編成されています。
呉起が様々な質問に答えるという体裁を取っており、抽象的な戦略レベルの記述が多い孫子と比較して、より具体的な内容になっています。

呉起について

著者とされる呉起(紀元前440年~紀元前381年)は、衛の国に生まれました。
孔子の弟子である曾子に学びましたが、母の葬儀に帰らなかったために不孝だとして破門されました。

その後は魯に仕えましたが、讒言されて失職したため魏に落ち延びました。
そこで文侯と出合い、仕えることになります。

呉起のエピソードとしては、傷が化膿した兵士の膿を自分の口で吸い出し、それを聞いた兵士の母親が嘆き悲しんだというものがあります。
かつて将軍直々に口で膿を吸い出してもらった兵士がいて、感激して奮迅した結果戦死してしまったのですが、それがこの母親の夫でした。
息子もまた、夫同様に戦死するだろうと嘆いたのでした。

さて、呉起は軍中にある時は兵士と寝食を共にして人望が厚く、呉起の軍は次々と功績を立てました。
しかし、文侯の没後は讒言によって再び身の危険を感じ、楚に逃亡します。
楚では王家の権力の強化と富国強兵に励みましたが、権限を失った貴族の恨みを買い、反呉起派のテロによって暗殺されることになります。

第一篇 図国

国を治めるための注意事項を述べています。
家臣や民衆を教育せよということが大きなテーマの一つとなっています。

従業員には成長して欲しいはずです。
しかし、具体的にどのようになってほしいという目標を設定し、教育をしている企業はどの程度あるでしょうか。

従業員は企業の礎です。
規模が小さな企業ほど、個々の従業員の能力が業績に占める割合が大きくなります。

労働人口の減少により、今後の採用はますます難しくなっていきます。
したがって、今の従業員の教育に力を入れて、より高い付加価値を生み出す必要があります。

また、「先ず和してしかる後に大事をなす(物事を行う際には、まずその団結を図ってから決行するということです)」とあります。

大きな仕事を成し遂げるためには組織の意思統一が必要です。
しかし、これはトップから一方的に「意思統一しろ」と命令をしても達成できないでしょう。

従業員の方々との日ごろからの接し方も含めて、考えるきっかけにしていただけますと幸いです。

第二篇 料敵

具体的に諸国の特徴を挙げ、どのように対応すべきかを述べています。
さらに、敵軍を攻撃するべき状況の説明と、攻撃するにあたっては充実したところを避けて手薄なところを攻撃するように説いています。

市場には自社と買い手と競合が存在しています。
買い手のニーズには敏感であるにも関わらず、競合に動きに対しては気に留めていないといったことはないでしょうか?

競合の意図を完全に察することはできませんが、その特徴を可能な限り把握して、あくまでも競合の強み、得意な領域で勝負をせず、相手の弱みを突く必要があります。
さもなければ、不利な状況に陥ることもありますし、毎日の努力が報われにくいといったことにもなりえます。